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 「あっちで人が死んでるらしい。見に行くかい?」






片言の英語を話すベッ君が言った。






ラオスについて3日目、この日はただただ北にチャリを走らせていた。






ビエンチャン(首都)の人達から感じる微妙な冷たさと、常に走っているカブや車の音がいい加減うっとーしくなったからだ。





カンボジアで見た景色みたいにだだっ広くてただただ民家と田んぼしかないような場所に行きたかった。






ラオス2日目の夜、現地で知り合った日本人のヨウヘイとシュンサクと一緒に飯を食っている時、ふとヨウヘイが言った。






「北の方の人達はもうちょっと暖かかった気がする。」




















…ならば北へ行こうじゃないか!!!










とゆうことで3日目は朝からレンタルサイクルを借りてひたすらチャリを走らせていたわけです。








「サバイディ!!(こんにちわ!!)」








田舎の人は優しい人が多い。挨拶をすると素敵な笑顔で答えてくれる。








3日目にしてやっと気が緩んだ。






そしてまさかラオスでドザエモンを見ることになるとは思わなかったが、旅をしてたらたまにはこうゆうこともあるか。。と思うことにしてベッ君とバイバイした。






それから走ること1時間。朝から4時間くらい走ったところで「そろそろ宿に帰ろうかな。」と思っていた時。偶然ミスターKAYとゆう人に出会った。






とりあえず片言の英語で会話を楽しんだ後、ミスターKAYが昼飯に誘ってくれたのでありがたくご飯をご馳走になることにした。










ミスターKAYとその奥さん。









今日はみんなで道路の植栽工事をしているらしい。







昼飯を食わしてもらったお礼と、なにより面白そうだったので仕事を一緒に手伝わせてもらうことに。









みんないきなりの日本人に少しびっくりしていたけれど、すぐに大きな笑い声が聞こえるようになった。







この日は炎天下。そしてなかなかの重労働。でもみんな笑顔が絶えない、よく笑う。ラオスの言葉は難しすぎて分からなかったが、きっとくだらないことばっか言い合って笑ってたんだと思う。







言葉は通じないけど、飯を食って一緒に仕事をしていくうちに「自分」とゆう存在が彼らに受け入れられられていくこの感覚がやっぱり好きだ。






最高にドキドキするしなぜかとてつもなく安心感に包まれる。






この日から3日間彼らに混じって仕事をして一緒に飯を食って、小さな小屋で宴会をして、そこで歌ったり、踊ったり、僕は急性アル中でぶっ倒れ










とにかくメチャクチャ濃いラオスの旅でした。







旅に出ると自分がちっぽけに見えてきます。それは自分にとってとてつもなく大きな財産です。








自分が日本で過ごしているの時間と同じ時間で彼らも僕と同じようにラオスで時間を過ごしていると思うとそれがすごく不思議で、そして何故かワクワクしてしまいます。








KAYが宴会の時言ってました








「ラオスには金はないけれど、みんな楽しそうだろ?」








この言葉が今回の旅で1番の宝物です。








最終日空港でKAYとKAYの奥さんと別れる時すごく悲しかった、でも2人から伝わってくる優しさがすごく僕を暖かい気持ちにしてくれました。









今回はカンボジアの時のように涙が止まらなくなることはありませんでした。なぜならKAYの家族や仲間を見ていたら、僕も好きな人や、大切な友達に会いたくなったからです。









ちなみにKAYとゆうのはあだ名らしく本名はchantho ラオス語で「月」とゆう意味だそうです。








素敵な名前だ。そしてとても素敵な出会いでした。







カプチャイ(ありがとう)

















宴会場













































2010 ラオス comments(4) trackbacks(0)
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